痛ましい脱線事故から一年

大切な家族や友人知人の命を突然に奪われた人々、心身に消えない傷を負って人生を狂わされた人々にとっては、どんなに辛い一年だったろう。
あの惨事以来、自分も鉄道利用者の一人として「電車が少々遅れても、文句言わないようにしよう」と反省したものだった。(駅員さんに直接クレームを付けた経験はないが、何事にも余裕を持って臨みたいと思う)
一人一人の心にゆとりと思いやりがあれば、事故は防げるのだ。
鉄道関係者各位には、あの事故を決して過去のものにせず、“今度こそきちんと”教訓にしてもらいたいです。

この記事へのコメント

2006年04月26日 20:47
rikansさん。
今朝は、うちのブログに「コメント」をいただいて、ありがとうございました。
「心にゆとりと、思いやり」・・・。 自分も「車」を運転する者として、再度「認識」をせなあかんコトバやと思います。 知らず知らずのうちに「関西のノリ」で運転してしまっている部分があるコトを大いに反省し、「命」の尊さをあらためて感じながら「ハンドル」を持たなあかんって思います・・・。
rikans
2006年04月27日 03:14
こんばんは、コメントありがとうございます。
きーこさんのブログにも書かれていたように、大事故の現場や震災など誰もがパニックに陥ってもおかしくない極限状況にも関わらず、見ず知らずの人同士助け合う姿があった事は本当に尊いです。もし自分があの事故に巻き込まれケガをして、近くに更に弱っている人がいた場合、その人に手を差し伸べる強さが持てたかどうか…。以前は阪神間のJR沿線に住んでまして、大阪へ出る際にあの路線をよく利用していました。転居していなければ、自分も事故車輌に乗っていた可能性がゼロではなかっただけに、ニュースを知った時は何とも言えない気持ちになりました。
心のゆとりを持つことは、どんな場合でも己を見失わないこと。己を見失うと周りも全体も見えなくなり、他者への思いやりが持てなくなります。
急がねばならない時はそれなりに事情があるものですし、心ならずも急かされる局面は、生きていればままありますよね。そんな中で自分のペースを保ち続ける事は難しいけれど、極力見失わない強さを持ちたいです。
rikans
2006年04月27日 03:15
(ちょっとつけたし)

>「関西のノリ」
“大阪の道は、初心者ドライバーにとって怖い”と、よく聞きます。
大阪の道路を運転した経験がないせいか、長年住んでいたくせにピンと来ないのですが、やはり多くの関西ドライバーは運転荒いものなのでしょうか…?(と、関西出身の自分が尋ねるのもヘンですが;)
御自身を守るためにも、くれぐれも安全運転をお願いしますね。
2006年04月27日 22:39
rikansさん。
恥ずかしながら・・・
関西では「車」に限らず、「自転車」や「歩行者」まで荒いです。(苦笑)

でも・・・ これは、笑いゴトでは済まされませんよね? せめて、自分だけでも「ルール」を守りたいと思います・・・。
rikans
2006年04月28日 01:07
マナーの悪さにおいては、常に断トツで名前の上がる関西…
何も言い返せません。恥ずかしい事です。

でも “地域差”じゃなく“個体差”だと思いたいですね。
全ての関西人がマナー悪いわけじゃないですし…
“人間が冷たい”イメージを抱かれがちな東京にも、親切な人がいるのと同じで。

東京で暮らし始めて間もない頃、ある雨の日に、よけようのない狭い道で、背後から暴走してきた車に泥水を盛大にひっかけられた事がありました。もし日本でも拳銃所持が許されていて私が腕利きスナイパーだったら(絶対ありえん・爆)走り去るタイヤに2~3発穴あけてやったことは間違いないでしょう。関西在住時代はたまたま運が良かったのか?そんなマンガの災難みたいな目に遭った事は一度もありませんでした。
どこにでもマナーの悪い人間はいるもんだなあと…。
自分が気を付けるだけでなく、お互いに注意しあえればいいのですが、逆ギレする人間も多い昨今、人に注意するのは難しいですね。(と言いながら数回ほど、関西でも東京でも迷惑オヤジに注意した事があり、身内から「ケンカ売るのは程々にしときや。いつか刺されるで」と釘刺されてます)

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