12年前の1月17日

いつまでも忘れないよう、せめてこの時期はしっかり振り返ろう。
あの震災で、家族や友人知人を誰1人失う事なく
今日まで自分が無事に生きてこれた事への感謝を。
そして、犠牲になった6434名の命1つ1つを
決して無駄にしない事を。

他人事に感じている人もいるだろうけど、全然他人事じゃない。
今この瞬間に、自分のいる所で大地震が起きても不思議じゃない。
肉親を大事にしていない人。家族や友達や恋人と喧嘩中の人。
突然何が起こっても、後悔しませんか?

1994年1月17日にロサンゼルス地震が起きた当時、ニュースで流れた凄まじい現地映像に驚愕しながらも、どこか他人事のような、まるで映画を見ているかのような気持ちで眺めてしまっていた。奇しくもその丸1年後、自分の住む町で大地震が起こるとは、露ほども予想していなかった。
近年、新潟や福岡で震災に遭われた方々も、同様の思いを味わったのではないだろうか。

12年前、私は通勤の都合で、神戸の板宿という町に引っ越してきていた。
阪神淡路大震災が発生した朝、何が起こったのか全く把握出来ないまま外に出てみると、すぐ前の道路をおびただしい数の乗用車が、ぞろぞろと数珠繋ぎに脱出して行く様を見た。みんなどこへ逃げてゆくんだろう…と不思議な気持ちで、呆然と見送るしかなかった。恐らく町のあちこちで同じような現象が起こり、緊急車輌が入ってこれない大渋滞に繋がったかと思うと、何とも言えない気持ちだ。

幸い自宅の倒壊は免れるも、余震を恐れ、被災1日目の晩は最寄りの避難所で夜明かしをした。
避難所に向かう夜道、毛布を頭からひっかぶって歩いた (今思えば、外を出歩くにはかなり怪しい格好だったが、非日常の光景には完全に溶け込んでいた) にも関わらず、体の芯から「寒かった」事を思い出す。
豪雪や台風などと違い、地震は季節を選ばない災害と思うのだが、
過去の記録からして秋冬に起こりやすいのだろうか?
よりにもよって、1年の中で一番寒い時期に起こらなくても…。
恐怖や不便さを散々味わったとはいえ、無傷だった自分などは被災者のうちに入らない。
にも関わらず非常に情けない事に、自分が助かりたい気持ちで一杯一杯だった。
燃えさかる家を前に、なすすべ無く泣き叫ぶ見知らぬおばさんを目の当たりにしても、何も出来なかった。
若くてぴんぴんした健常者でさえこの有様、
病気や怪我やハンディキャップで、或いは高齢などで
すぐに逃げ出せなかった人々は、何が起きているかわからない状況下で
どれほどの恐怖を味わった事だろう。
老若男女問わず、冷たい瓦礫の下に閉じこめられた人々は
どんなに寒くて痛くて苦しくて恐ろしかっただろう。
12年を経た今も、心に大きな痛手や悲しみを負っている方々は大勢いると思う。

自然災害は仕方がない。
せめて、被害を最小限に食い止める態勢や技術がさらに発達する事を。
自分も含め、人々の防災意識や助け合いの気持ちが向上する事を。
偉そうな事は何も言えないし大した事は出来ないけれど、そんな願いを胸に
亡くなられた方々のご冥福を心からお祈りしたい。

この記事へのコメント

2007年01月18日 20:36
初めまして、新着記事から来ました。
12年前大変な経験をされたのですね。
実は私もその時大阪に居ましたから初めて怖い経験でした。
でも神戸の方とは比べ物にならない位被害が少なかったです。
ご家族の方が皆無事でよかったですね。
苦しみながら亡くなられた方の事を思うと一生忘れてはいけない事だと思います。
今は見違えるほどの復興で賑やかな都市になりましたが2度とこのような災害から少しでも被害が起きないことを願ってます。
2007年01月18日 20:39
rikansさん、お久し振りです…
やはり、関西に住む者として、あの日(1・17)は決して忘れられません。
当時、我が「奈良県」の震度は『4』…
でも、震度4は自分が今まで経験したことがない揺れでした。 その後、TVから流れてくる映像を目の当たりにし、神戸で起きた「震度7」という揺れの現状を見たときは、正直言葉が出ませんでした…

その数年後…
オレの住んでいる地域も、「台風」による竜巻の被害に遭いました。 うちの近所の電柱は、猛烈な風によってなぎ倒され… また、近所中の建物の瓦や窓、サッシは散乱… 10tトラックも道のあちらこちらで横転し、電気のない生活も数日ですが経験しました。

しかし… この事がきっかけで、ご近所どうしの助け合いの「心」も生まれました。
rikansさんのおっしゃるとおり、自然に起きる災害は仕方がありません。 なので、人々の防災意識や助け合いの気持ちが向上するという事が、オレも凄く大事やと思います…。
rikans
2007年01月19日 15:17
TARAKOさん、初めまして。
コメントをありがとうございます。
あの震災では大阪でも、所によってかなりの被害があったと聞いています。ご無事で何よりでした。

公共施設や企業の建物等、観光都市として華々しい復興を遂げた神戸ですが、表立っては目立たない部分――個人レベルでは、どれほどの人々が元の生活を取り戻されたのか気になります。あの震災で生活の基盤を失った方は大勢いらっしゃいますし、家族を亡くされた方の無念は、年月を経ても容易く癒えるものではないでしょう。激震地付近に住みながら助かった自分の幸運が、申し訳ないようにさえ感じます。
災害で得た貴重な教訓と、尊い犠牲を無駄にしない事が、生きている者の努めだと痛感しています。
rikans
2007年01月19日 15:20
きーこさん、ご無沙汰してます。
コメントをありがとうございます。

>震度7
その時私は寝床にいました。逃げようにも起き上がれず、大揺れが治まるまで布団を頭から被って固まっているのがやっとでした。もし家が崩れていたら…と思うとぞっとします。
突然襲う自然の脅威の前に、人は無力です。高層ビルも高速道路も一瞬でなぎ倒してしまう力には、到底かないません。

竜巻も怖いですね。昨年11月に北海道で起きた災害は、本当に痛ましかったです。
きーこさんがご家族ともに、今日無事でいらっしゃる事は何よりです。
大変な経験をされたと思いますが、ご近所どうしの助け合いの心が生まれた事はとても貴重だと思います。

自然災害の発生は防ぎようがなくても、1人1人の力を合わせて精一杯向き合うこと。
そして、脅威だけでなく、時に大きな恵みを与えてくれる自然に対して、人はもっと謙虚であるべきだと思えてなりません。

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