映画「どろろ」感想&リボン話少々

画像ネタバレに触れない範囲の感想については
当ブログ 2/1・2/6の記事と、
本家サイト内 屋上庭園BBS でのお客様とのやりとりで (CHOBOKOさんやダヲスさんへのお返事内で) 大方書けた気がするため、まだ書き足りない事を中心に、ここにメモっておきます。
※注意!映画についてもノベライズ小説についても、当記事はネタバレ満載です。
以下、読んで下さる場合は自己責任でお願いします~。


今さらながら一応、原作「どろろ」のあらすじを超簡単に紹介。
-----------------------------------------------------
群雄割拠の戦国時代。
天下を欲する侍・醍醐景光は、その野望達成と引き替えに、
生まれてくる我が子の体を、48体の魔物達に差し出す契約を交わす。
そうして体の48箇所を奪われ、目も見えず耳も聞こえず
芋虫のような姿で生まれてきた赤子・百鬼丸は、実の親に捨てられるが
幸運にも名医・寿海に拾われ、仮の体を与えられて成長する。
やがて百鬼丸は、魔物達を倒せば、奪われた体のパーツが1つずつ
戻る事を知り、足りない48箇所を取り戻すべく魔物退治の旅に出る。
旅の途中で、百鬼丸の刀を狙うチビ泥棒・どろろと出会い、
成り行きから渋々、道中をともにする事に。
幾多の苦難を乗り越え、そして、どんなに踏みつけられても
逞しく生き抜くどろろの強さ・明るさに触れてゆくうちに、
百鬼丸は体だけでなく、人としての心をも徐々に取り戻してゆく。
-----------------------------------------------------
…こ、こんな紹介文でいいのかしらん;(私が書くと何だか陳腐に…汗)

劇場版で大きく変更されている主な点は、

●舞台が「戦国時代の日本によく似た架空の世界」である事。
●原作では子供だったどろろが、男装した成人女性として登場する事。
 (成人女性…といっても、予想以上に熱くぶっとんでいて、
 時にコミカルな“どろろ”を生き生きと体現してくれました柴咲さん)
●「どろろ」と「百鬼丸」の名は、最初から決まっていたのではなく
 二人が出会ってから互いに付けられた名前である事。

変更点は他にも色々。でも決して、
原作イメージを壊すものにはなっていなかったと思います。
本作をノベライズした小説も然り。

以下、補足したい感想をまとめます。

*********************************************

●タイトル「どろろ」について
タイトルに込められた、この映画独自の意味づけが絶妙。
どろろを指しているのと同時に、百鬼丸をも指す言葉になっている事に気付いた時は、目からウロコ…まではいかずとも、よく繋げたなあ!と感服。
本編中、無邪気にその名を名乗ってみせるどろろに
「“化け物小僧”って意味だぞ」と告げた百鬼丸の
自嘲まじりの冷笑を浮かべた表情がやるせなかった。


●役者さんについて
異論なし。漫画から飛び出してきたような百鬼丸、体当たり演技のどろろ他、脇を固める人物達も原作の雰囲気を十分に漂わせた存在感だった。醍醐景光をはじめ、その妻である百合(百鬼丸の母)・多宝丸・琵琶法師・寿海・どろろの両親・鯖目・鯖目の奥方 然り。
(土屋アンナの妖怪役が恐ろしい程にハマってた…ハスキーボイスにゾクリ^_^;)
劇団ひとり演じるチンピラも、冒頭だけの出番ながら味が出ていた。
幼少時代のどろろを演じた子役さんが、なんとも言えずあどけなくて可愛い。
特に、お自夜母ちゃんを看取る場面での寂しげな表情…!
幼少時代の百鬼丸の子役さんも、健気で可愛かった。
小さい子ならではのぷっくりした感じが◎(^^)

ちなみに、映画に同行したカズ山氏は
「なんで醍醐景光は、狸とカッパの妖怪を従えていないのか」
と、そればかり気にしていた…?(DCカードかい!)


●CG・特撮について
「制作費20億円もかけたわりにショボい」といった酷評を散々目にしたけれど、多くの人が絶賛している大作群は大抵、十分なノウハウを備えた老舗のILMで制作されるなどして、「どろろ」の比じゃないほどの巨額が投資されている。
制作側の事情なんて観客の知ったことか、と言ってしまえばそれまでだが、国内の制作スタッフだけでよく完成させたと思うし(ストーリーや世界観表現が阻害されている、と思うほどのショボさは私は感じなかった)、今後も技術と経験を重ねてゆく事で、この分野における邦画のさらなる発展に期待出来るのではと。
(まあ私は…内容に何らかの感動があれば、あんまり細かいコト気にしません)

百鬼丸の体の“作り物部分”が損傷した際、あるいは仕込刀の鞘代わりの腕が元の場所に収まる際に、患部・接続部に細かい泡がたくさん発生し、たちどころに再生・癒着してゆく様は、漫画「無限の住人」の卍さんを彷彿させた。
作り物は作り物で便利だよなあ…なんて思ってしまったよ(=∀=;)

桜魔人と戦うシーン、
桜吹雪舞う中でアップになる百鬼丸のカット (横パン付き!) は、
最高に美しく格好良かった!!

百鬼丸達を翻弄する、オオサンショウウオの長~~~い舌が
時代劇の「あ~~~れ~~~~」の帯に見えて仕方なかった・・・
笑っていいんやんな、あの一連の戦いシーンは!?(^□^;)
(その辺りの微妙さに戸惑ったのは事実。笑)
CG・特撮からちょっと離れるけど、対カラス天狗戦の最中の
百鬼丸の台詞「むっ殺気!?」「そう来たか…」「またもや殺気!?」
の流れも…なんか微妙~に笑えた。
(パーフェクトガイド本で、妻夫木さんが百鬼丸のことを“純粋でかわいい”と言ってたけど、確かに苦労はしていても世間ズレはしてなくて、どこか天然ぽいアニキ…だがそこがいい!!笑)


●セット・建造物について
過去ログでも触れた通り、見るからに違法建築くさい(←シツコイ;) 醍醐の城は、何度見てもインパクト大。
本作では要所要所に、百鬼丸の着物の柄である「碇」のモチーフが象徴的に使われているそうで、奇っ怪な形状の城もその1つ。(景光が権力を増す毎に増築していった、という設定。) せっかくの異様な造形なのだから、もう少し目立たせる演出をして欲しかったような…うーん勿体ない;
例えば、百鬼丸が景光と対決するクライマックスは、ばんもんの丘(なんにもない草原)じゃなくて、城の屋根の上で戦うとか…
ってゆうのは物理的にも展開的にもムリ?ですか??
(余談ですが、中井貴一&城の屋根の上をイメージした瞬間「梟の城」を連想しました)


●ストーリーについてetc.
原作同様、村を脅かす魔物を退治して人々を救ったにも関わらず、異形の姿故に人々から化け物扱いされ、その地を追われる百鬼丸。そんな彼を思いやり、罵る人々に対して我が事のように怒りをぶつけ、百鬼丸を励ますどろろの優しさに思わずほろり(TT)。どろろ自身、天涯孤独の身で生きてゆくためにコソ泥になり、人々から蔑まれる人生を生きている。理不尽な仕打ちに耐える百鬼丸に、自らを重ねたとしても不思議はない。
心を閉ざしていた百鬼丸も、そんなどろろに心からの笑顔を向ける。
観ているこちらまで、救われた気持ちになった。
ラスト近くでも、今際の景光に「死ぬ前に、こいつ (百鬼丸) に謝れ!!」と、
涙ながらに叫ぶどろろの姿にほろり(||_||)
観客の想いを、体いっぱいに代弁してくれているかのよう。
いい相棒に出会えて幸せもんだよアニキ!!
(原作を読んでいれば今さら…な感想かもしれませんが
映像で改めて見せられると、胸に響きました)

映画では、どろろの父は醍醐景光に殺されたという設定になっている。
孤児になったどろろは、親の仇である醍醐一族郎党への復讐を誓い、
それだけを目標に生き抜いてきた。だがやがて、その景光が
百鬼丸の父親である事実を知らされてショックを受け、
両親の仇と、“兄貴”と呼び慕うようになった百鬼丸との狭間で葛藤する。
遣り場のない苦しみから、百鬼丸の心臓めがけて刃を突き刺すどろろだが…
倒した魔物から本来の両目を取り戻し、
視力が戻った百鬼丸の瞳に初めて映ったのは
「俺は復讐を諦める。だから、お前も生きろ」と告げる、
美しいどろろの姿だった。(台詞はウロ覚えです/汗)
己の出生にまつわる事実を知って打ちのめされ、
生きることに絶望していた百鬼丸は、どろろによって救われる。
この辺りの展開は目が離せない。
原作と描き方は違っても、メッセージが巧く消化されていると思う。

前述の小説では、鯖目一家のエピソードがもっと掘り下げられていて、
鯖目の子と、母・マイマイオンバの仇であるどろろ達との確執、
そして父である鯖目との確執が描かれている。
小説では鯖目は死なずに済み、父子の未来を暗示する結末に救いが感じられた。
恐らく映画では時間が足りないためにはしょられたのだと思うが、
これらの描写が盛り込まれなかったのは残念。
しかし映画で、妖怪の本性を見せた奥方の刃にかかってもなお
「お前が私を愛していないことはわかっていたが、それでも私はお前を愛していた」と鯖目に告げられて、一瞬戸惑いと後悔らしき表情を見せた奥方の様子に、
せめてもの救いが感じられた。

一度は命を落とすも、父・景光の犠牲と引き替えに蘇生し、
兄・百鬼丸と和解する多宝丸。
そして、最期に父親としての情を百鬼丸達に見せて死んでいった景光。
そののちも別れることなく、二人旅を続けてゆくどろろと百鬼丸。
景光の、再会した我が子に告げた「おそろしゅう育ったな」という言葉と、
今際にどろろに言い残した「そやつを頼む…」という遺言に、
胸の詰まる思いがした。
原作とは違う結末に賛否両論あるようだが、
どろろも百鬼丸も、もう十分苦しみ抜いて頑張ってきたのだから
原作で救われなかったぶん、
映画で二人が救われたっていいじゃないか…と私は思う。

可哀想だったのは、百鬼丸の母・百合。
夫・景光に命ぜられるまま我が子を捨てた罪を長年悔やみ続け、
今度こそ息子を守る!と、百鬼丸を庇って立ち塞がるや否や、
景光に斬り殺されてしまう。
展開上、母の犠牲は避けられなかったんだろうけど
何もあそこで殺されずとも!?
長年連れ添った奥さんを、あれほど躊躇いなく
問答無用に斬り捨てられるものなんだろか・・・:::
それと、百合様付きの忍者二人組。
忍者というからには冷徹な武芸のエキスパートであるはずなのに、
出てくるなり(しかも武将のボンボンに)あっさりやられすぎ!二人とも!!
(劇場で内心つっこまずにいられませんでした…
まあ、これも映画の時間制限故に割を食ったんだろね´`;)

どろろの幼い頃の回想シーンで、
醍醐達に無惨な殺され方をする、どろろの父・火袋。
首筋に突き刺さった矢が、十字架を象徴しているように見えた。
あれは何かを意味していたのかな…。


●おまけ:映画「どろろ」& 舞台「リボンの騎士」比較
(いかにもrikansらしい?ムリヤリくさい項目だこと。爆)
父・景光との戦いに勝利した百鬼丸は
「あいつ (どろろ) が憎しみを捨てた (復讐をやめた) から、
俺も憎しみを捨てる。」と景光に告げ、とどめを刺さなかった。
(結局は魔物に体を乗っ取られた父親を、本人の遺志に従って
殺さねばならなくなるのだが…) そんな百鬼丸の言葉に、私は
昨年の夏に観た「リボンの騎士 ザ・ミュージカル」(脚本演出:木村信司) ラストシーンのサファイアの、大臣(原作のジュラルミン大公に相当する人物)の罪を赦した際に母親に告げた「憎しみには赦しを。お教えに従いました。」という台詞が重なる思いがした。
憎しみの連鎖は、さらなる不幸を生むだけ。誰も幸せにはなれない。
思わぬところで、手塚アレンジ作品の共通点を見出せた気がして嬉しかった。

そういえば、大臣(ジュラルミン)の悪事は、
愛する我が子を王位につけたい一心故の所行。
映画「どろろ」の景光が我が子の体を魔物に売ったのは、
自分が天下を取る=滅びかけていた一族を守るための選択だった。
だからといって百鬼丸にした仕打ちが赦されるわけではないが、
そんな景光も、最期には父親としての情を、
そして君主としての志を、百鬼丸に見せる。
両者とも、根っからの悪人に描かれていない所が深い。

どんな人間であろうと、そう簡単に“根っからの悪人”にはなれないもの…と思いたいが、現実社会で過去に起きた凶悪犯罪の数々を振り返るに (自分が知っているだけでも)「そうでもないんだろうか」と疑問が沸く。
異形の百鬼丸を忌み嫌った村人達もまた、権力に虐げられた人々だった。厳しい時代背景が人々の心を荒ませたとはいえ、百鬼丸を“化け物”と罵り、石をぶつける人々の姿は、百鬼丸が倒したどの化け物達より醜い。
本当に恐ろしいのは、魔物よりも妖怪よりも、
ふとした原因で善人にも悪人にも成り得る人間なのだろうか、やはり。

*********************************************

ちょっと補足するだけのつもりだったのに、えらく長文になりました…;
(だからそんなん、いつものことですやん。爆)
今回の映画化で「どろろ」という手塚作品が、
広く世間の人々に知られるようになった事は嬉しい限りです。

願わくば来年の「リボンの騎士」のアニメ映画化でも、
これぐらい盛り上がってくれないかなあ…
(私自身、精一杯盛り上げたいと思ってますが~…^_^;)

この記事へのコメント

CHOBOKO
2007年02月25日 18:20
rikansさん、こんにちは。なんとブログにコメントをつけるのは初めてというCHOBOKOです(だから少し緊張^^;)
クライマックスのrikansさんのアイデア良いですね!確かにばんもん付近の草原はなんかだだっ広くて殺風景といえば殺風景ですものね。全体についての感想は私も同じような印象です、映画向けにアレンジされてる部分や解釈も原作のイメージを損なわないように丁寧に考えてくれる印象でした。特撮についても一部でツッこまれている着ぐるみ部分も個人的にはなごんだというか、スタッフの遊び心かなって感じで楽しめました(^^)
rikans
2007年02月27日 09:27
CHOBOKOさん、ブログへのお越し&
コメントをありがとうございます!
屋上庭園同様、殆どひとけの無い過疎ブログですので(T∀T)とっても嬉しいです。(私もよそ様ブログに初めてコメントする時はドキドキしたものです~笑)
クライマックス意見への賛同ありがとうございます。お城よりもばんもんを象徴的に見せたかったのかな…とは思いましたが、それにしても、もうちょっとお城の出番があればなと(やけにこだわる/笑)
妖怪三連戦シーンは、バランス良く楽しめました。
桜魔人→華麗な戦いっぷり
オオサンショウウオ→コミカル休憩?
カラス天狗→シリアスな後半への布石
という流れで、テンポ良く見せてくれてたなあと。途中で着ぐるみでなごませてくれるのはアリですね!(笑)
巨大胎児ちゃん (つい“ちゃん”付けしたくなります) が百鬼丸達に遊んでもらってるシーンもほのぼのしてて、かなりのインパクトの怪物造形にも関わらず可愛く見えました。それだけに、戦で亡くなった子供達の悲しさ・可哀想さが浮き彫りにされていたと思います。
rikans
2007年02月27日 09:30
公式情報では、どろろ2・3と続編制作が決定したそうですよ!(和製『ロード・オブ・ザ・リング』を目指して?) 3部作にするそうです。
次回は舞台を海に移すとか。(不知火&サメ達の出番?)
景光は1作目で死んでしまってるし、外伝みたいな感じで楽しめるかな…?
映画の百鬼丸は、体を全部取り戻すまで描かれるのかも?1作目ラストのように、2作目のラストでも「あと○○体」という風にカウントダウン文字が出るのかなあ、などと想像してます(^^)
CHOBOKO
2007年03月03日 01:14
2、3のお話どうやら決定のようなのですね?「あと○○体」って映画のラストにでたとき「続編作るのかな?でも原作がここまでだし…」と思ってましたが(周りの原作は未読風な観客たちからは「これって続きがあるの?」というささやきが起ってました)、やっぱり前ふりだったんですね~原作があそこまでなのでどうする気なのかと思いますが、rikansさんもおっしゃられているように今回原作からはしょった部分を織り交ぜて作るのではないかと予想しております。
rikans
2007年03月03日 11:45
CHOBOKOさん、
再来ありがとうございます☆

>周りの原作は未読風な観客たちからは
>「これって続きがあるの?」~
ネットでもそんな感想をよく見かけました。
私もCHOBOKOさんと同じく「でも原作はここまでだし…」と思ってましたし、むしろヘタに続編なんか作ったら、完全に原作から離れた別物になるんじゃないか?という危惧さえしてました(^^;)
でも (先日読んだニュース記事のうろ覚えですが) 2作目は、1作目では描ききれなかったどろろサイドの話が中心に描かれ、3作目では百鬼丸の決意を中心に描かれるそうで、それはそれで楽しみになってきました。
1作目がヒットしたからこそ決まった企画?だとしたら、観客の自分も少しは貢献出来たかなあと(笑)

この記事へのトラックバック