先週日曜、昭和館に行きました。

昭和館 公式サイト
特別企画展「手塚治虫の漫画の原点 ~戦争体験と描かれた戦争~」

先週日曜の4月29日は「昭和の日」記念イベントということで
常設展示室が無料開放されていました。
激しい戦争を生き延びて、計り知れないほどの貴重な宝物を
後世にも、私の心にも遺してくれた手塚先生に敬意を表しつつ、
常設展も併せて見学することに。
戦中戦後の世情や、人々の暮らしぶりを生々しく伝える資料が
多数展示されていました。

たとえどんな時代であっても、肉親、家族はかけがえのない大切なもの。
「無事でいてほしい」「生きて再び会いたい」という気持ちに変わりはないはず。(むしろ当時の人々の方が、戦争のない現代を生きる日本人よりその思いは強かったのでは…)

遠い戦地にいる兵士とその家族間で取り交わされた肉筆の手紙の数々は、互いの行間から溢れんばかりの思いが伝わってくるようで、何度読んでも胸に込み上げてきます。
出兵する夫や息子に贈られた「千人針」には、妻や母達の、どれほど深い思いがこもっているのでしょう。
家族と離れて疎開させられていた間に、親を空襲で亡くした子供達の悲しみや心細さは、どれほど深いものだったでしょう。
戦争が終わっても、後に遺された人々に強いられた闘いは
“今日1日”を生き抜くための闘いは
どれほど苦しく凄まじいものだったでしょう。


この世に自分を産み育ててくれた親を、邪険にする人。
「恥じらい」や「感謝」の心を持てない人。
「自由」の意味を履き違えている人。
弱者への思いやりのない人。
ちょっとしたことで、すぐにキレる人。
せっかく授かった命を、自ら捨てる人。
なんのためらいもなく、命を奪う人。
「イジメ」も、相手を死なせる死なせないに関わらず
やってる事の中味は「人殺し」と同じ。


当日ご一緒したお友達も日記に書かれてましたが、
数知れないほど多くの人々の犠牲や苦難の上に築かれた「平和」であるはずなのに、どこでどう間違ったのか?
どこか殺伐としている現代の世の中に、疑問を感じずにはいられないです。

この記事へのコメント

ルージュラ
2007年05月07日 01:26
「平和」

以前の私は、「平和」を望み、助けの要る人達に、
自分なりに手を差し伸べようと努力し、
そう言う勉強や仕事にもついていたんだけど…

最近の私は、自分と家族を守る事にいっぱいいっぱいで、
「平和」とは何か。
「自由」とは何か。
全然前が見れてなかった気がします。

念願かなって授かった子供が自閉症で、
前を向いて歩いてるつもりでも、
やっぱり、しっかり歩けてなくて…。
子を思うあまり、私はしっかり前を向ききれてないんじゃないか…
最近、そんな毎日です。

戦争。
日本はなくしたものばかりではなかったかもしれない。
それは「愛の深さ」だったんかな?
なりふりかまわず子を思う親の気持ち。
今なら痛い程わかるな…。
rikans
2007年05月08日 00:59
ルージュラさん、コメントありがとう。

BBSの方に「(多少の障害があっても) 五体健康で、みんなから愛されていれば…」という内容を含んだレスをしましたが、今思えば浅はかな事を書いてしまいました。表層しか見ていない者の身勝手な思い込みにすぎず、何が子供本人にとって幸せなのかは、他人が判断出来ることじゃないのね。ましてや母親であるルージュラさんの背負っている苦しみは、他者に容易に計り知れるものではないのかも…。
友人の1人としては歯痒くて情けない限りです。もし私の至らない言葉で傷つけてしまっていたら、ごめんなさい。

でも「自分と家族を守る事にいっぱいいっぱい」になること、「子を思うあまり、しっかり前が見れなくなること」は、家族を愛している人なら、子供を愛している親なら、誰もがそうなりがちな普通のことじゃないのかな…。
ルージュラさんのように、ちょっと立ち止まって振り返れる冷静さがあれば、十分だと思います。むしろ見習わねば…と思います。
あまり自分を追い詰めないでね。
rikans
2007年05月08日 01:02
私自身、弟の子 (自分の産んだ子じゃなくても、自分と血の繋がりの最も近い子) と接していると「なりふりかまわず子を思う親の気持ち」が…、出産育児経験のある方々から見ればまだまだ「痛い程」レベルには達していないかもしれないけれど、身にしみてわかる、と感じることがあります。

それだけに、(様々な事情があるとは思うけれど) 自分のお腹を痛めて産んだ子を捨てたり殺したり出来る人々の存在が、どうしても理解出来ない。
小さい子が犠牲になる痛ましいニュースを見るたび「この子は何のために生まれてきたんだろう」と涙が出てきます。

人の世に脈々と受け継がれている「愛の深さ」が、どんな人の心にも宿っていると信じたいです。
ルージュラ
2007年05月10日 02:19
私が養護学校教諭のとき、
障害を持つこの親御さんと話す機会がもちろん多かったんだけど、
rikansさんの様に、私が放つ言葉にすごく責任を持って、
良~く考えて、選んで話してたと言う事も良く覚えてて、
「あんな事言ってしまったけど、無責任だったかな…」とかね、
スゴクシビアだった。
でも、今こうして、自分の子供が障害児で、
そして、いろんな人に気にされて、心配されて、
優しい言葉をかけてもらったり、
経験者や、その道に携わってる方達から、
いろんなアドバイス受けたりして、
口の悪いと言うか、私も大概ズケズケ言う方だけど、
そんなのってね、なんというか…
すべてとても有難い言葉なんです。
『幸一郎は自閉症』という言葉をきっちり言ってくれる事が、
私にとってはなんでも有難い言葉だったりするんですよね。
ルージュラ
2007年05月10日 02:20
うまく説明出来ない感情?だけど、
『幸一郎は自閉症』という事を避けられる事の方が存在を無視されてるのと同じ様に感じ、
「大丈夫よ」って言葉一つ、いろんな意味もあって、
心から「大丈夫よ」と言ってくれてるのか、
「大丈夫大丈夫!」と軽く言われてるのかで感じ方は全然違うんだけど、
『幸一郎は自閉症』という事で私がある位置に声をかけてくれる一つ一つの言葉は、本当に有難いんです。
rikansさんは、一生懸命私たちの気持ちを理解しようって、
逃げないでしっかり私達家族を見ててくれるの私はすっごくわかってて、
だから、何も傷ついたりしてないし、※はいつもすごく頑張ろうと思えます。
ありがとう、rikansさんo(^-^)o
ルージュラ
2007年05月10日 02:21
私の様な親がほとんどだとは思うんだけど、
やっぱり… 子供が犠牲になる悲しい事実って、なかなか減るもんじゃなく…
子供が出来なかった時はどれだけ、
「あんた!殺したいと思う子供なら私にくれ!私に宿って!」って思いました。
これからまた暑くなって来て、
子供が車に置き去りにされて…というニュースも出てくるんだろうな…と思うといたたまれない…

夜中なもんで、気持ちがナチュラルにハイです(⌒▽⌒;)w

rikans
2007年05月13日 14:19
いつも結局、ルージュラさんの言葉に
私の方が救われてます。
どっちが励まされてるのだか!?

うちも時々電話で母から話を聞く限り、
色々とややこしい状況です。
ルージュラさんちのケースとはまた違うかもしれないけれど、(なんにも力にはなれないながら;) 他人事とは思えないです。
一番大事なことは、親や周りの人々が障害や病気の事を十分に理解した上で、本人を闇雲に甘やかすのではなしに、本人にとって一番ためになる対応をすること… 医学的には障害の範疇に入ることでも、他の部分が健康であれば、障害など個性の1つぐらいに捉えて、出来るだけ大らかにのびのびさせてあげられれば…
なんて口で言うだけなら簡単なんやけども難しいわ本当に;
rikans
2007年05月13日 14:21
たまに会った時の印象や日記の内容からしか判断出来ませんが、ルージュラさん達パパママの頑張りの甲斐あって、
幸ちゃんはいい子に育ってると思うよ…?
決してお世辞や気安めじゃなく、
心からそう思う。
日々様々な問題が発生して大変だと思うけど
ルージュラさんの周りには親身になってくれるお友達がたくさんいらっしゃるし、くれぐれも、1人で何もかも抱え込んで“限界”まで頑張ったりしないでね!(と、いちおう書いときます。頑張るなと言っても頑張るもんな~ルージュラさんは^^;)

だいたいお子様なんて、障害児じゃなくても
言うこと聞けへん憎たらしいヤツいっぱいおるし!?
(↑本当は子供ギライの本性が!? 笑)
(てゆうか幼少時のワタシがまさにソレだ/爆)
rikans
2007年05月13日 14:23
無抵抗の小さな命が奪われる事件も悲しいけれど、思春期ぐらいの子が親を殺す事件もいたたまれません。これも様々なケースがあると思うので、一概に一方だけを責められないけれど…よっぽどの理由がない限り、やはり命を奪う行為は許されない。その時点では辛くても、納得出来ない事があっても、大人になれば見えてくるものだってあるだろうに…どうしてそういう子供に育ってしまうんだろう。自分の親を殺すなんて…。

昭和館の話に突然戻りますが、
軍国主義の時代の教育は間違ってる部分も大きかったけれど、今に受け継がれるべき正しい部分もあったんじゃないかな…と思えてならないです。(決して右翼的な考えじゃなく、人としての基本的な部分でね)

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