渋谷という街の意外な一面

8/2の日記の続き。

7月末で、4ヶ月に及ぶ渋谷出向を終えた。
そして、渋谷勤めもそろそろ終わりに近づき始めた頃になって初めて
この街の意外な魅力に触れた。

地元の方や関東に長く住んでいる方には“今さら”な内容と思われる。
当方、関西から全く土地勘のない東京に引っ越してきてほぼ3年余り、
それなりに馴染んで生活しているものの?まだまだ知らない事だらけ。
ぬるい目でご容赦下さい・・・。


実を言えば、これまで渋谷という街に、あまり良い印象は持てなかった。
この街の特色と言われている“若者の流行の最先端”に関心があればともかく
駅前のどこを向いても、いかにも俗っぽくて品がなくてガチャガチャしてて
ケバケバしくてうるさくて深みが感じられなくて・・・
“行くだけで疲れる街”にしか思えなかった。
用事がなければ、行きたいと思える街ではなかった。
雑踏の人口密度の多さに加えて、人々の動線がてんでんバラバラ、
歩きにくさにも辟易する。
一番の鬼門は、ハチ公前の大きなスクランブル交差点付近。
人混み大嫌いな自分にとっては、東海道の大井川越えに等しい。
(散々ボロクソゆうてすまんです)

しかし、“近くに山の見えない”都会のどまん中にも関わらず
起伏に富んだ渋谷の地形に、以前から興味を感じていた。
大通りから小さな路地に至るまで、坂道がやたらに多い。
関西人の感覚では(私だけかな?) 坂道の町には「山の麓の町」のイメージがある。
(例えば、六甲山麓の芦屋~神戸~宝塚とか、
信貴・生駒山麓の東大阪~奈良とか…超ローカル例ですまんです)
高低差の激しい、都会の谷間の狭い路地などを上り下りしていると
何とも不思議で奇妙な感覚に囚われる。
寄り掛かれる“山”が傍らにない、景色の不安定さとでも言おうか。
(・・・・自分で言ってて田舎もんくさいわー。-∀-;)
渋谷に限らず、関東にはそういった地形が多い。関東平野ならではの特徴か。
そういえば、地名に“谷”が入っていることを思い出す。
谷なのだから、地下に川が流れていると言われても不思議はない。
けれどもやっぱり、奇妙な感覚。
検索で、こんなページを見つけた。地名の由来も書かれていて興味深い。
東京渋谷の地下に川 !?

春の小川は、地下に隠れてしまっていた。
今の街の姿からは想像もつかないけれど、
渋谷にも昔は、岸にスミレやレンゲの花が咲いていたということか。

起伏に富んでいるだけでなく、ぐねぐね曲がって入り組んでいくつもの小路に枝分かれ、さらに沿道の店などの建物が密集して見通しがきかなかったりするから、まさに迷路。
駅から少しでも離れて街の奥地まで踏み込もうもんなら、方向感覚を見失う。どっち向いて歩けば駅まで戻れるのかわからなくなる。そこに、日頃自分が心惹かれる「日常の中の非日常感覚」が感じられて面白い。
(碁盤の目状に区画整理された街は歩きやすくて便利ではあるけど、地形の面白みに欠けるのねー…などと好き勝手申しております)

前述の“行くだけで疲れる街”というネガティブな印象も、
街の表層しか見ずに抱いていた己の偏見に過ぎなかった。
6月に起きたスパ施設爆発事故の報道を知るまでは、渋谷の一角に「松濤」という閑静な高級住宅街がある事など知らなかったし、さらにそこが、松濤とは間逆の雰囲気の「円山町」というラブホテル街と隣接している事も、ごく最近知った。
雑踏の中のオアシス?を彷彿させるような高級住宅地に興味がわき、
まだ渋谷勤め中だった時のある日、会社から歩いて20分以上はかかると思われる松濤方面へ、終業後に訪ねてみた。
プチ大井川…なスクランブル交差点を越え(ああもう人混みウザイ~苦笑)、
109の右側に入る文化村通りの坂を上がって、東急百貨店前の角を左折。
そのまま直進すると、爆発事故のあったシエスパが見えてくる。
爆発があったのは隣接する温泉汲上げ施設だったから、シエスパの営業ビルそのものは無傷で建っていた。が、その時点では事故からまだ間もない事もあってか、ビルの周囲にバリケードが張り巡らされ、何人もの警官が立ち、さらに爆発現場へ入る脇道にロープが張られていて、かなり物々しい雰囲気に包まれていた。
犠牲者が出た事や、建設時に会社側が近隣住民を騙していた事を考えると営業再開は有り得ないだろうし、無傷のこのビルもいつか取り壊されるんだろな…なんて事を思いながら通り過ぎ、松濤の住宅街へ。
訪れた時間帯が終業後なので、既に日はとっぷり暮れている。
ここまで歩いてくると人通りも少ない。雑踏の喧騒が届かない静かな暗がりに
ぽつん、ぽつん…と灯がほんわり浮かび上がる、隠れ家的な店々の佇まい。
何となく心が踊るような、ほっと安らぐような。
しかしそんな高級住宅地の佇まいよりも、さらに心が惹き付けられたのは
沿道にシエスパのある“栄通”という道の南側に入る、何本かの路地の一つ。
細い急勾配の上り坂を、吸い寄せられるように登ってみると、そこが
いくつもの飲食店やラブホテルのイルミネーション瞬く円山町という街だった。

この街に迷い混んだ事がきっかけで、以後もその界隈へ何度も足を運ぶようになり、道玄坂と呼ばれる有名な坂の位置を初めてちゃんと把握したり(土地勘乏しいヨソ者ゆえ…)、百軒店(ひゃっけんだな)と呼ばれる場末っぽい(失礼) 商店街の探検を楽しんだり、
1997年に起きた東電OL殺人事件に縁深い街である事をネットで知って
「東電OL殺人事件」「東電OL症候群」(どちらも著/佐野眞一、新潮文庫) を購入・読了し、病んだ社会や人の心の闇の深さに衝撃を受けたり怒りを感じたり、殺害現場のアパートや、被害者が毎夜客引きに立っていたというお地蔵さんを発見したり…といった事は、また別の機会にまとめられたらいいかなと考えている。(自分にはとても荷が重いテーマだから、書けないかもしれないけれど。)
表層を見ただけではわからない、
渋谷の街に密かに息づいている“深み”に惹き付けられた、
ヨソ者の雑感でした。

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