「1961 アニメへの情熱~虫プロの時代~」展

6/26(金)~6/28(日)の3日間、関西に帰省していました。
27日に高校時代の友人の結婚式に招待してもらっていたので、
この機会に前日入りし、手塚治虫記念館を見学してきました。

今年3月、近鉄と阪神電車とで、奈良~神戸直通線が開通したとのこと。
便利になりましたね。(私が神戸に住んでた間に出来て欲しかったです)
近鉄奈良線のホームに「尼崎行き」と表示された電車が出現したり、
阪神タイガースのユニフォーム着た野球観戦帰りのおっちゃん達が
近鉄電車に乗っていたりする風景は、何とも不思議感覚でありました。
(思いっきりローカル話題ですまんです)

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(手塚治虫記念館公式HP内)
第46回企画展 手塚治虫の5つの刻(とき)
第4回「1961 アニメへの情熱~虫プロの時代~」

会期:2009.3/1(日)~2009.6/29(月) ※終了しました。

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幼い日の昭和50年代、TVでさかんに放送されていた手塚アニメは
過去の虫プロ作品の再放送も、当時の手塚プロ作品も、
一部の東映動画作品も (ジェッターマルスなど) 全てひっくるめて
空気のように身近に親しんだ存在でした。今にして思えば
あの頃は手塚御大がご存命で、過去の再放送といえども
ほぼリアルタイムで手塚ワールドにどっぷり浸かっていたんだなー…
当時も様々な制作会社のアニメが放送されていたけれど、
手塚アニメは前衛的で洗練された独特の雰囲気があり、
ドタバタギャグをやっていても、どこかしら品の良さが感じられる
作風でした。中でも特に、私の心を鷲掴みにした「リボンの騎士」。
それを世に送り出した虫プロさん (旧虫プロ 1961~1973) に関する
企画展とあらば、ぜひ押さえておきたいと思った次第です。

展示フロアには、代表作品群のセル画や絵コンテの現物のほか、
オープニング映像、虫プロの歴史、最盛期に都内に点在していた
制作スタジオの分布図 (イラストの図解が面白かったですよ)、
当時の会社案内パンフなどが展示されていました。
先日見てきた江戸東京博物館での手塚治虫展を含め、今までに
あらゆるメディアで得た情報のおさらいのような内容でしたが、
時代の反映が感じられる会社案内パンフは恐らく今回初めて
目にするもので、新鮮でした。
世界に誇る、こんにちの日本のアニメ業界を率いる著名な
アニメ作家さんには、虫プロ出身の方が意外なほどに多いです。
「えっ、あの人も?」と驚くこともしばしば。
手塚御大が自らの漫画の原稿料を注ぎ込むことで始まったと言われる
旧虫プロダクションは、最盛期を経たのち、
経営悪化から1973年には倒産してしまいます。が、
当時の幼い視聴者の心に残る (その後の人生に影響を与えたといっても
過言でない) 作品を生み出した事は勿論、数多くの優れた人材を輩出
している面においても、遺した財産は大きいと思います。
漫画の神様としての手塚治虫も偉大だけれど、自分にとっては
アニメーターとしての手塚治虫も神様なのです。
(私は結局、漫画家にもアニメーターにもなれませんでしたが、
大学を卒業してからの数年間、ゲーム会社で曲がりなりにも
アニメーション制作を経験し、業界は違えど今もクリエイティブな
仕事にご縁がある事に、感謝しています。)

セル画や絵コンテは各作品から1~2点ずつ展示されていましたが、
限られたスペースの哀しさか?数的に少々物足りなかったのは
否めませんでした。
ちなみに「リボンの騎士」から展示されていた絵コンテは
故・坂口尚三氏が手がけたもので、最終話の一場面。
両親を亡くし、月を眺めて悲しむサファイアを、背後の森から
フランツが見つめている (しかも2コマぶちぬきの全身で!)
カットでした。江戸東京博物館で見れた絵コンテの
「らぶらぶキノコハウス」(勝手に名付けるな…) に引き続き
良いものが見れましてよ。
残念ながらそれらの展示物の写真撮影は出来なかったため、
せめて企画展フロア天井のディスプレイを載せておきますー。
(なんか内容が偏っててすまんです…)

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ごついアニメ兄貴、かっちょええのう…!


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次回は友人の結婚式のことを書く予定です。
なんと海遊館で、マンタやジンベエザメ達の泳ぐ
大水槽の前でのお式&披露宴でしたよ!ゴイス!!


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